教員の知的行動学 No.4
                                             
使わない線路は、草がはえ、錆びる

                                          

「電車に乗っている人の中で、どの人が教員かすぐにわかるよ。」
「雰囲気があるんだよ、教員には。一種独特の」
と、わたしの友人は言う。
格好までは似ていないとは思うのだが、確かに経験からすると、ほとんどの教員が同じような考え方の思考回路を持っており、同じような考え方をするようである。
考え方については、没個性なのが教員であるといっても過言ではない。
1年間の中で、4月の入学式から3月の卒業式まで、同じような行事の繰り返しで、毎年毎年生活しているわけであるから、何年間か教員をやっているうちに考え方が凝り固まってきてしまうのかもしれない。
頭の中で、同じ回路にしか電流が流れなくなってしまうのかもしれない。

日常生活の態度から人に対しての応接の仕方、発言のし方、などすべてが教員独特の教員的思考、考え方がありそうな気がする。
ちょうど、使わない線路に草がはえ、錆びていくように、教員の頭の中では、同じような生活の繰り返しによって、同じ思考回路しか使わず、他の思考回路が使われなくなって堅くなってしまい、同じ考え方で凝り固まってしまうのかもしれない。
それが教員としての没個性化に、つながっているようになるのかもしれない。
少しでも、個性的な教員になるためにはどうしたらよいのであろうか。

1、自由な読書をする

頭を作るための最も簡単な方法はなんだろう。
それは読書である。
読書をすることで、知識や知恵が高まっていくことには、異論はないであろう。
結論は、あまりに陳腐すぎるが。
ただしである。
この読書は、教育とは関係のない本を読む。
教育関係の知識をつけようとか、毎日の授業に役立つようにしようというようなケチな根性は捨てる。
とにかくおもしろそうなもので良い。
1週間に3冊のペースでよいから読書を続ける。
小説でもよい。
雑誌でもよい。
教育関係の本も読む必要があるだろうが。、とにかく教員的思考にならないように、教員のような考え方を防ぐための読書であるから、教育に関係のない本をたくさん読む。
子どもたちに「先生っておもしろいな。すごいな」という感じを持たせるには、教育関係以外の読書による知的レベルアップが不可欠である。
小学館の宣伝をするつもりはないが、小学館の「教育技術」を毎月読んでいれば、一通りの教育活動はもれなくできる。
あとは、自由気ままな読書で、錆び付きそうな頭の回路の活性化を図り、考え方の範囲の拡大化を図っていく。

2、立場を変えて思考する

子どもたちが下校したあと、今日行った授業の録音をテープで流し、子どもの椅子に座って、45分間聞いてみる。
子どもの椅子に座っただけでも、子どもの目から見た教員としての自分が見えてくるものである。
また、授業中の教室内の雰囲気もよくわかってくるから不思議である。
板書を再度書いてみて、テープを聞いてみると、発問が何を聞いているのかわからなかったりして、自分でも、手を上げられないだろうなあと思って、苦笑してしまうこともある。
教員として、慣れてくれば慣れてくるほど、考え方や思考のパターンが教員的思考になってくるので要注意である。
「子どもの立場に立つ」、簡単なことのようで、以外に難問なのである。
まず、子どもの椅子に座ることから始めるとよいかもしれない。

職員室で職員会議が終わって、校長も副校長もいなくなってから、校長の椅子に座らせてもらう。
今日の職員会議での自分の発言は、「本校の子どもを伸ばしていく」という視点から、有益だったのだろうか。
会議での自分の発言を、校長の席に座って、自分が校長になったつもりになって点検してみよう。
いつもの自分の思考回路と異なる、何か別の思考回路に電流が流れるはずである。
立場を変えて考え始めると、さまざまな方向に思考が広がり、草がはえそうだった考え方の回路が動き出し、柔軟な頭脳になっていく。
線路がさび付いていくのを防ぐことができる。

3、生活に広がりを持たせる

わたしは、つきに1回は、必ず、池袋か、新宿へ出ることにしている。
もちろん書店に行ったり、映画を見たりするためであるが、そこでの数時間は、頭の中の教員的思考ではない、眠っていた回路を十分に覚醒してくれる。
また、友人も教員でない人が多い。
サークルも教育に関係のないものに、2つ所属している。
過去の体験が最良であり、新しいことに拒絶反応を示す教員が多いが、自分がそうならないためには、常に自分の思考回路を教員的思考にさせないように努力する必要がある。
特に、大学を卒業してすぐに教員になった場合は、小学生、中学生、高校生、大学生と16年間学校に行って、そのあとすぐに教員になったとしたら、学校という世界しか知らないことになる。
学校という世界でしか考えられない、きわめて狭い考え方の持ち主になってしまいかねない。
使わない線路には草がはえ、錆びていく。
自分の頭の中が錆びないようにするためには、教員ではない考え方をできる頭に変えていく努力を続けるしかない。


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